駅の終電はとっくに終わり、薄暗い街灯に照らされながら
環八沿いで手をあげる。通り過ぎる白い空車のタクシー。
目の前で回送に変わる緑のタクシー。
みんなも疲れている、午前3時。そりゃ乗せたくないわなとため息をつく。
小さくクラクションを鳴らし、現れたのは白い空車のタクシーだった。
「 こんなところで人が乗るなんて思ってもいなかったから、通り過ぎちゃいましたわ。」
とヨボヨボの老人が抜けた歯を出しながら笑っている。少しタバコ臭い車内。
すぐに私を窓を開ける。なんとなくの罪悪感で暑いふりをする。
私は会釈をしながら話し続ける老人のことばを破る様に
「梶ヶ谷の交差点を右に曲がってください」
と言った。老人は黙り、はいはいとにこやかに頷く。ゆっくりと車は走り出す。
何かと話しかけてくる老人 。
「 あんな場所でお遊びですか?」
「いえ、仕事です。」
「 そーですかー遅くまでお疲れ様です。」
「いやいや、おじさんだって夜遅くまでやってらっしゃいますでしょ。 」
たわいもない話は続く。
「あたしは夜だけなんでね、昼間はゆっくりしておるんですわ。
あんなところで1人でかわいそうだったからUターンして来ちゃいましたよ」
「いや、たすかりました。感謝してますありがとうございます 。」
「へへ、見逃してしまったあたしのせいですね。」
「いえ、とんでもないです。」
よく喋るおじいちゃんだなと思いながら、夜の多摩川を走るタクシー。
春にはここは夜桜が綺麗なところ。
「ここはいつも桜が綺麗ですよー来年見れるかなーあたし。」
「どうですかねぇ」とよくも考えずに答えながらイヤホンを探す。
「あたしねぇ末期ガンなんですよねー。満開の桜でも見にこれないんですよ」
私はちょっと耳を疑って聞き返す。
「え、?癌なんですか?」
「そうなんですよー、でもこうして若いおにーさんと話せてとても楽しいですよ、へへ」
僕は見つけたイヤホンを鞄にしまった。
車は日の出前の薄暗い光の中でゆっくりと走る。